時代の変化が何かを失うということがあるのですね。 | オヤジのフィッシングライフ

時代の変化が何かを失うということがあるのですね。

魚釣りには悲しい思い出も伴っているものです。

昭和40年頃は高度成長時代の走りだったと言えます。

バスの通る砂利道が舗装され始めた頃だったと記憶しています。

その頃は毎日のように釣りをしていました。

生活道のすぐそばにコンクリートの土止めも何もない、昔からの幅広の溝といえる、ため池につながる溝がありました。

駄菓子屋で買った小さな金バリを使って玉うきをゴム管で留めて釣っていました。フナの小さなものはたくさん釣れていました。

その中に時々私たちが「ギンチョロ」と呼んでいた小さな魚が釣れていました。

クチボソです。

私の記憶ではこの魚はどんどん減っていきました。どうしてか分からないのですが減っていったのです。

もしかしたらヘリコプターでの一斉農薬散布が原因だったのかもしれません。まもなくこの散布は中止されました。

おそらく作物だけでなく水に住む生き物への影響があったのかもしれません。

断言できることはないのですが、私は肌で感じました。何かが変化していっていると。

しまいにはこの魚たちが棲み、私に釣りの楽しさを教えてくれた場所は、コンクリートの溝に変化しました。

私たちの釣りが終わったのです。ビオトープのコンセプトも何もなかったのでしょう。残念な話です。